自転車

2009年10月27日 (火)

ソニーとサラ

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(左からモトイ、ソニー、サラ)

 

 

 ジャパンカップのオープンレースを見ながら古賀志を上がっていると、

「ナッカガワサ~ン」

と若い声がかかった。

 もしかして自分のほかにもナッカガワサ~ンがいるのかなと後ろを振り返ってみたが、それらしい人も居らず、どうも彼女らはまっすぐ私のほうを見て小さく手を振っている。 よく見るとソニーとサラではないか。

 

 二人とも何度か冬になるとタイの我が家に来ている。 選手ではないものの自転車を持参して乗り回していた。 今年(2009年)はウチをベースにチェンマイ、パヤオなども観光していたようだ(そのころ私は入院中でよく把握してないけれど)。 台湾のフジ・アジアというコンチネンタルチームのスタッフとしてチームのレース遠征に伴ってインドネシア、マレーシア、タイなどにも行っている。

 

彼女らは二人とも台湾からわざわざジャパンカップを見るために来て、ホームステイをしているという。 ジャパンカップのあとは日光と那須を観光して帰るとのこと。 なかなか活動的でたくましい。 

 

 

2009年10月 8日 (木)

幸平がタイでレース

P1080256<幸平優勝、2位はチェンライ在住サコタ君>

P1080035 <ウチのムスコと>

P1080091 <土手を駆け上がる幸平と追いすがるサコタ君>

P1080194 <ウチのムスコも駆け上がる>

P1080232 <レース後、表彰式までの一休みの景色>

 さる9月27日に、チェンセーンでMTBのレースがあった。 幸平が走ってみるというし、ウチのムスコも走りたいというので行ってみた。 会場はチェンセーン市内から4kmほど離れたチェンセーン湖のほとりで、ほぼフラットのコースだ。 参加者はおよそ300人ほどで、年齢別にかなり細かくクラス分けがされている。 男子は ~13歳。 ~17歳。 ~20歳。 ~30歳。 ~40歳。 ~50歳。 ~60歳。 女子はもう少し大まかだったかな。

 

 とにかく老若男女、これは走ってるなというのや、トップチューブに腹が付きそうなオッちゃんやら、カゴ付の買い物自転車にまたがった女の子までいろいろいてなかなか壮観だった。

 

 それぞれのクラスの5位までのトロフィーが授与されるので、大会本部のテーブル上にはかなりの数のトロフィーが並んでいた。

 

 ウチのムスコは前日に熱を出してしまい、当日は現地に行ってから走るかどうか決めようということだったのだが、たくさんの自転車を見て「走りたい」ということになった。 タイのレースはほとんどが当日に現地での受付なのでこういうときは柔軟性があってとてもよい。

 

 スタートは20歳代男子を先頭にしてスタートし、各クラス数分おきにスタートしていった。 一周目は当然幸平が先頭で帰ってきたが、2周、3周となると各クラス入り乱れてコースの狭いところは追い抜くのも大変そうだった。 見学の人たちも、選手の付き添いやら、近所のおじさんおばさんそれは雑多な集まりだった。

 

 われわれは3mほどの土手を登るところで見ていたのだが、なかなか上れない選手も多く、あとちょっとで上りきるというところで裏返しになってまっさかさまに落ちて行ったり、まっすぐ上れずに隣の人と絡まりあったり。 それらに観客から声援がかかる。

 

 会場には数軒のショップのテントが張られてパーツやらジャージなどが売られている。 その横ではアイスクリームやソムタム屋なども屋台を並べる。

 

 さてレースは幸平がぶっちぎりの優勝(オトナゲナイ)。 ちょうど昼ごろに終了したので餃子屋に行って餃子をたくさん食べてから解散。

 

2009年10月 6日 (火)

幸平と餃子

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 だいぶ前のことだけど、幸平がタイに来てだいぶ経っているのになかなか我が家に顔を見せないので電話をし、お茶する約束をしてチェンライまで行ってみた。 幸平もオートバイで来ていたので、長躯70km先のチェンセーンまで餃子を食べに行った。 餃子30個、白飯2、マーボ豆腐、〆て210バーツなり。


 幸平の乗っていたオートバイはYAMAHAのFINO。 80km/hくらいでも良く走る。

2009年10月 5日 (月)

幸平とサイクリング

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  幸平は明後日(7日)、日本に帰国する。 かれこれ一ヶ月近くタイにいたはずなんだけど、うちに滞在したのは数日だけ。 後の日数はどこに居たんだ。 


 とまあそれはおいといて.. 幸平が数日間ウチに居るときに、はじめてハンドルを並べて一緒にMTBでサイクリングをした。 彼のほうは数時間のロード練習を終わった後のクールダウンのかわりで、ゆっくり山を1時間ほど走った。 そのままエビ屋のそばを抜けてトゥーンまで行き、私は豆乳を飲み、幸平は豆花を食べて帰ってきた。 幸平と一緒に走ったことで年甲斐もなく興奮してシャカリキに踏んでしまい、それからちょっと膝が痛い。 いつも一人で黙々と走っているのと違い、相手がいると退屈しない。 景色が違って見える。

2009年10月 4日 (日)

挙動不審につき

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 最近、覚醒剤売人の摘発や、不法越境のチェックで国境警備が厳しくなっている。 プサン・ナムトックからプチファに向かう1073号線にもM16を持った警備隊が多くみられるようになった。 先日、第3頂上のラーメン屋で小休止をしているとき、同行していたファランが挙動不振で兵隊と一緒に写真を撮ることになってしまった。

 兵隊と一緒に写真を撮りたい、M16を触ってみたいといって兵隊たちの周りをうろうろしているのが、挙動不審の怪しいやつと思われたのかもしれない。

 で、この写真を撮ってやったら満足したようだ。 ヴィクター、ラ・ポム・マルセイユのMTBとロードU23のコーチだそうな。 むか~し、大相撲にいたハワイ出身の高見山にそっくりで、腹は妊娠八ヶ月、タバコはひっきりなしに吸う、とても自転車関係者とは思えん。 とはいえラテン系の血を色濃く残したナイスなやつだ。 チャンプ・ジャージのほうもちょっとアブないところがあるけどね。

2009年4月10日 (金)

レッド・ゾーン

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 写真ではよく分からないでけれど、短いが15%くらいの上り坂である。 まあ、乗ったままで上れないことはないけど、たぶん心拍が現在自分で設定しているレッド・ゾーンの120を超えるのではないかと思う。 そんなわけでここはゆっくり押しで。

 

 このダートは昨年まではゴツゴツタイヤの農耕車でも苦労しながら通っていたシングルトラックに毛が生えたくらいの道路だった。 サトシとざぶざぶと川向こうに渡ってここを走ったことがある。 普段はこの道路とは川を挟んだところのダートを走っているのだけれど、川向こうから道路が改修されたのが見えたので、久しぶりに来てみたのだ。 川には橋がほとんどないので、かなり遠回りをして橋を渡ってこなければならない。

 

 農業者には道路がよくなることは生産性の方でもかなり恵みがあるのだろうが、シングルトラックがだんだん減っていくのがさびしい。

 

サトシ

徴兵検査で豊胸手術をしたオカマが何で除外されるかだって?

そりゃXXXXのある****を想像させるからだよ。

2009年3月12日 (木)

黄文忠(Funky)

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 図は Tour of Taiwan の第4ステージ終了後のコミュニケで、リストの一番下の黄文忠はこのステージを完走できなかったようだが、この選手はこの冬、我が家で一ヶ月ほどトレーニングをしていった。 若干19歳、小柄細身で典型的なクライマーの体型をしている。 確かに山に行くと人一倍元気を駆け上がるのだが、いかんせん平坦の高速巡航にまだ難がある。 このレースはクリテリウムが多く、かつ平坦ステージが多いと聞いているので、集団ゴールが精一杯か、もしくは集団からも少し遅れていたかもしれない。 第3ステージ終了後の総合時間の遅れを見ると何とか付いていっているようだったが、第4ステージでとうとう力尽きたと言う印象だ。

 

 彼は我が家に来る早々「自分を Funky と呼んでくれ」と宣言し、年齢の割には押し出しのいい態度を見せ、東南アジア人特有のマイペースで、ちょっと困ったチャンのところもあったが、かわいいやつだ。

 

 こうしてレースシーズンが始まると、あっちこっちとネットを渡り歩いてレース情報をかき集めている。 知っている選手が出場していたり、ましてここでトレーニングをしたことのある選手が出ているレースは特に興味を持って見ている。 それらを見ているだけでホイールの風を切る音や、選手のハッハッという息遣いまで聞こえてくる。

2009年3月10日 (火)

お宝?ガラクタ?

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 久しぶりに運動を兼ねて倉庫の掃除をした。 物を置いておくだけで結構な埃やゴミがたまってしまう。 靴の底や自転車のタイヤに付いた土や埃、ヤモリの糞などなど。 

 

 自転車が自分のだけでロードが2台とMTBが3台。 康平、兄ちゃん、コージがロード1台ずつ、タカシノがロード2台とピストが1台。 ホイールが前後あわせて20本くらい。 それから、冬に練習に来て、帰るときにプラスティックのコンテイナーに余分な荷物を入れて預けていくのが10個くらい。 

 

 ここにある自転車はサドル、クランク、ペダルなどが外されている。 そしてそれらは今後ちゃんと組み上げられて練習やレースに使用されることはないと思う。 選手たちは毎年新たなフレームが供給されるので古いのはここで眠りについているわけだ。 活躍の場があるとすれば残っているパーツが外されてそれが利用されるときくらいかな。 

 

 これらが有名選手が使用していたということでお宝にも見えるし、もう現役には戻れない自転車とすればガラクタの様でもあるし....

2009年2月22日 (日)

歓送会

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 現在、合宿中の選手は6名だが、明日(23日)はこのうち5名がバンピを発つ。

今日の夕食は近所の焼肉屋で送別会を兼ねて腹いっぱい食べた。

 

(写真後列左から)

幸平は3月早々にMTBを担いでフランスに渡る。

鵜沢は4月から実業の世界に入るが、自転車での成功も目指している。

伊藤もとりあえず日本に帰り、上への道を探る。

サトシも日本に一時帰国したらすぐフランス行く。

クマは今月いっぱいバンピにいるがすぐフランスに飛ぶ。

達矢もフランスで走る。

 

14日に発ったモトイはもうフランスに着いただろうか。

 

みんなガンバレ。

また帰って来い。

 

私にとっては、今年はちょっと悔いの残るWinterCampだった。

期間中、ずっと体調不良で、練習に付き合うことができなかった。

ことに2月になったら強度をあげるためにバイクペーサーをと思っていたのだができなかった。

申し訳ない。

 

2009年2月19日 (木)

シューズが

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 先日のチェンライ・チャレンジMTBレースに出た10歳のムスコが、第1ステージを終わったところで足を引きずるような歩き方をしていたので、足元をよく見たらMTBのシューズの靴底が写真のようにパックリ剥がれてしまっていた。 カカト辺りにある一本のビスでかろうじて放れないでついている。

 

 この某有名メーカーの靴は2年ほど前に手に入れた36サイズのものなのだが、やっと昨年(2008年)末ごろから靴の大きさに足の大きさが追いついてきてSPDペダルとともに使いし始めた。 だからほんの数回しか使用していない。

 

 レースではタイ・ラップで縛ったり、ビニールテープでぐるぐる巻きにしたりして何とか走り終えたが、でもやはり走りにくかったようで、SPDから外して漕いでいることも多かったらしい。

 

 さて、この靴はどうしたらいいのだろう。 某有名代理店にクレームで送ってやろうとも思うけど2年前に手に入れたものだし、接着剤で貼り付けてみてもすぐ剥がれるだろうし、ネジどめでもしちゃうかな。

 

 どなたかアドバイスを...



> イワシマンさん いろいろお土産までいただいてありがとうございました。 来年はぜひ日程に余裕をもってまた我が家に来てください。 昨日、幸平たちを村瀬さんの見舞いに行かせました。 元気だったとのことです。

 

2009年2月10日 (火)

2009年チェンライ・チャレンジMTBレース

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 2009年度の(㈱)オルティヴ主催のチェンライ・チャレンジMTBレースは2月7日8日の二日間にわたって行われた。 

 現在ウチで合宿している選手の中から山本幸平矢野智志、長谷康平、平野星矢、それに加えてウチのムスコのハスケが参加した。 ハスケは5歳ごろから参加していて、今年10歳なのでたぶん6回くらいは参加しているはずだ。

 昨年までは22インチの自転車だったが、今年は26インチサイズの自転車、SPDペダルという装備で今までファン・クラスだったのを1クラス上のスポーツ・クラスあげての参戦だった。 ハスケのクラスは14歳以下ということになっていて、やはり10歳では歯が立たずクラス6位だった。 

 

 写真は第3STのゴール付近。 左端に写っているのは矢野智志で、まだパンクも含めてメカトラに対処できないハスケに、クラスが違うにもかかわらずずっと同行してもらった。 幸いパンクも含めてメカトラは一回もなかった。 転倒もなかった。


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 このレースは懐かしい顔に会うことができる楽しみの一つだ。 約一年ぶりに会い、ますますおいしそうになった麗理にかぶりつこうとしているハスケの母ちゃん。

2009年1月19日 (月)

メコンのほとりで

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 久しぶりにバイクペーサーをちょこっとやった。 チェンコン方面に距離にして30kmくらい。 ネズミからメコン川のほうに曲がり、いつものところで撮影タイム。

 前列左から晋一兄ちゃん、トーちゃん、セーヤ、Thunder、後列左からクマ、文忠、幸平、サトシ、幸也、モトイ。

 撮影後カオマンカイ屋まで行ってカオマンカイを食べ、そこからマントー屋に上がってマントーを食し、コーヒー屋でコーヒーを飲み、揚げマンジューをいただいて帰宅。

 本格的に自転車と一緒に走ったのは崇史が来て以来かな。

2009年1月15日 (木)

幸也、タイに到着

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 昨夜、幸也がチェンライに着いて、今朝はさっそく8時から練習に出かけた。

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 ボトルまでブイグだあ。

 

 

2009年1月13日 (火)

風土に合った髪型

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 数年前まではタイの公立学校ではこの髪型以外は認められていなかった(ようだ)。

女の子はうなじの少し上で切りそろえるちびまるこちゃんスタイルのおかっぱである。

 

 ウチのムスコが通っていた私立の幼稚園は小学6年生までのクラスがあるのだが、幼稚園から小学クラスに進級するときには長年の習慣からこの髪型にすることになっていた。

ムスコはそれを嫌がって他の私立の小学校に通うようになった。

 

 さてこのタイ版G(overment)(ssue)カットにしてきたのはサトシだ。

ちょっと写真では見にくいが頭頂のほうに剃り込みが入っている。

が、この剃り込みはちょっと芸がなさ過ぎる。

OGKヘルメットのデザインで剃り込むか、タイの国旗カラー(赤、白、青)でメッシュを入れればかっこいいのに。

たぶん近いうちにそうすると思う。

乞うご期待。

2009年1月11日 (日)

コーヘー到着

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 今日(1月11日)の午前中に幸平がチェンライに着いた。 約一年ぶり。 2008年は全日本に勝ったし、世界戦にも行ったし、北京にも行った。 ランキングは先輩に譲ったものの活躍の年だった。

 

 タイでしっかり走りこんでこれからの一年を充実した年にしてね。

 

 チェンライ空港に着いてすぐ自転車をセットアップし、むかえに来た星矢と自走でバンピ村に向かった。

 

 「あれ、アンカーのジャージのデザイン変わったの?」

 「いやだなあ、一応チャンプジャージですよ。」

というマの抜けた会話もあった。

2009年1月10日 (土)

兄ちゃん到着

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 兄ちゃん(コージの兄ちゃん=福島晋一)がチェンライに着きました。 空港について、近所の自転車屋さんで自転車を組み立て、ジャージに着替えてこれから走りに行くところです。

 

この自転車屋さんの主はピアックといってマルコ・ポーロ(UCIコンチネンタルチーム=中国)の専属メカニックで、今年からマネージャーもやるとか。 




P1050258_2 今日の夕飯は10名で久々の賑わいだった。 右から兄ちゃん、サトシ、David(カナダ)、Benjamin(Davidの息子=2歳半)、ニュー(Davidの奥さん)。 写真には写ってないけどセーヤ、文忠、小宇、モトイと撮影者。

2009年1月 9日 (金)

セーヤの散髪

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 ただいまバンピ村で冬季合宿中の平野セーヤが散髪中。

 

 セーヤはU23ながら2008年度JCFランキングは9位、JCFジャパンシリーズ8位の伸び盛り。

ロードの選手と一緒に走っているが、上りはなかなか強い。

性格はコーへー系。

数日前にマントー屋に行った練習途中で、STIレバーがうまく作動せず、リアのチェンジができなくなった。フロントのギアチェンジだけでプチファを走破した。

 

 床屋さんはウチから4軒先で、料金はたぶん50バーツくらい。

2009年1月 8日 (木)

現在5名

P1050213 現在、合宿練習選手は5名。

むかって左から

黄文忠、奈良モトイ矢野サトシ、陳小宇、平野セーヤ。

 昨日(1月7日)朝8時、練習に出発前の一コマ。

P1050215  練習に出たときは5名だったが、モトイは風邪気味ですぐ帰ってきた。 文忠はリアのホイールがフレームにあたって走れないといってこれも戻ってきた。 あとの3名はマントー屋まで行った。

 私もつれあいとオートバイでマントー屋まで行った。 マントー屋前のサクラは大晦日に満開だったのがちょっとしおれかけ、葉っぱもちらほら出ていた。 だがまだまウバザクラ。

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