2009年11月 7日 (土)

ファウストの劫罰

P1080642(国道16号線の向こう側、塀の向こうが横田基地)

 ただいま東京都福生市に滞在中。 米軍横田基地まで数百メートルのところ。 先日すぐそばで基地に向けたロケット弾が発見されたという空き地もすぐそこだ。

 

 その横田基地で夕方5時になると日本とアメリカの国歌がスピーカーから流れる。 その国歌の前に何か聞いたことがあるメロディー少しの時間流れるのだ。

 行進曲風のリズムのいいメロディーですぐに終わってしまうのだが、よく聞いてみると表題<ファウストの劫罰>の第2部冒頭のファンファーレだった。 原曲はベルリオーズ独特の輝きのある金管楽器の演奏だけれど、こっちのは合成音の安っぽい音になっている。 でも初めて耳にしたときは雑踏の中で昔の知人を見かけたような懐かしさがあった。


 早く家に帰って全曲を聴きたくなってきた。

2009年11月 1日 (日)

隣家の結婚式

Shuei

(目隠しがうまく乗ってくれない)



 先日といっても一ヶ月ほど前に隣家で結婚式があった。 花嫁はひねたおばさんで、年齢は35歳(推定)だがなかなか美形(整形だけど)。 花婿は彼女より10歳くらい年下の若い男の子である。 結婚式は型どおり進行し、牛一頭と豚一頭を料理し、大音響でカラオケをやり、夜遅くまで酔っ払い騒いでいた。

 

 彼女には数年前に結婚したれっきとしたイタリア人のダンナがある。 新築の家を与え、新車を買い与え、田畑を買い与え、月々仕送りをしている。 そして一年に一度か二度、数週間ほどタイに来てすごしていく。

 

 タイ人の男と結婚式をやるので参加してね、と言われたときはてっきりそのイタリア人とは離婚したものと思っていた。 が、話を聞いてみるとイタリア人とは経済的な理由からそのまま結婚生活を続けるのだそうだ。 だからタイ人の男はなんと言うのだろう、男妾(タイ語ではメンダー)とでも言うのだろうか。 「たまにはモッツアレーラのにおいを我慢しなくちゃいけないけど、ふだんはやっぱりナンプラーの匂いのするあれがいいわ。」と言うところかな。

 

 さてこのようなパターンのカップルがこの村でも数組ある。 ダンナは年に数回しか来ないで仕送りだけしてくれる外国人なので、奥様のほうは経済的に余裕があり、時間もたくさんある。 と言うことでこういうことになりやすいわけだ。

 

 たまにはダンナが来るからそういう時はタイ人の夫をどうするのかと言うと

 ダンナのいる期間だけ実家や友達の家に行ってもらう。

 「運転手として雇ったの。」といってそのまま家に住まわせる。

 「家の雑役を頼んでいるの。」といってそのまま家に住まわせる。

 「女と子供しか家にいないので物騒なので親戚のお兄ちゃんに来てもらっている」といってそのまま住まわせる。

 

 もちろんダンナが村に帰ってきても、暗黙の了解で村人は奥様に若い男がいるなどとは誰も言わない。 さてたまにしかタイに来ないでタイ人の奥様がいるあなた、家に帰ったら見慣れない親戚のお兄ちゃんがいたらこのブログを思い出してね。

 

 

2009年10月27日 (火)

ソニーとサラ

P1080591

(左からモトイ、ソニー、サラ)

 

 

 ジャパンカップのオープンレースを見ながら古賀志を上がっていると、

「ナッカガワサ~ン」

と若い声がかかった。

 もしかして自分のほかにもナッカガワサ~ンがいるのかなと後ろを振り返ってみたが、それらしい人も居らず、どうも彼女らはまっすぐ私のほうを見て小さく手を振っている。 よく見るとソニーとサラではないか。

 

 二人とも何度か冬になるとタイの我が家に来ている。 選手ではないものの自転車を持参して乗り回していた。 今年(2009年)はウチをベースにチェンマイ、パヤオなども観光していたようだ(そのころ私は入院中でよく把握してないけれど)。 台湾のフジ・アジアというコンチネンタルチームのスタッフとしてチームのレース遠征に伴ってインドネシア、マレーシア、タイなどにも行っている。

 

彼女らは二人とも台湾からわざわざジャパンカップを見るために来て、ホームステイをしているという。 ジャパンカップのあとは日光と那須を観光して帰るとのこと。 なかなか活動的でたくましい。 

 

 

2009年10月26日 (月)

ナンデ?

P1080555

2009年、ジャパンカップ・スタート15分前。

ISDのブースの中は写真のような状態でした。

そうなんです。

5人の選手が腕立て伏せを...

この後、一番手前ヴィスコンティは片手腕立て伏せまで。

スタート前の儀式?

 

監督が笑いながら写真を撮っていたからヤラセかも。

 

2009年10月19日 (月)

おじいちゃん がんばれ!!

P1080317

 ムスコとMTBを並べて山に行った。 緩くて長~い坂を上っている途中で、作業の休息をしている10人ほどのおじさんおばさんおにいちゃんお姉さんのそばを通ったらいろんな声援が飛んできた。

 

 そこを通り過ぎてからムスコに

「みんな何て言ってたの?」って聞いたら

「ちびっ子がんばれ。 オジイチャンもがんばれ。」

って言ってたよ。

「う~ 確かに......。」

2009年10月17日 (土)

オイル交換

P1080360

 オートバイのオイルを交換した。 前回交換したのは2008年8月で、およそ1年2ヶ月ぶりの交換だったが、その間2100kmしか走っていない。 走行距離3000kmを目安に交換しているのだが、1年以上も経ってオイルも劣化しているだろうから交換だ。

 

 思い返せばこの一年は病とそこから立ち上がる年だったのでオートバイに乗る機会もあまり無かった。 2008年9月のTour Of Thailandが終了したあとで(自分はチームカーを運転していただけど)疲れからかダウン。 しきりにインフルエンザの報道がされていたのでてっきりそれだと思っていた。 12月になると選手が集まりだしてカラ元気が出たものの、2009年1月に入ってとうとう入院手術までしてしまった。 退院後はそろそろと歩くことから初めてなんとかここまで来たけれど、万が一オートバイを倒してしまったら起こせる自信も無く、なんとなく乗らないできてしまった。

 

 今年は雨季の明けが早そうだし、これからはせいぜい乗ることにしよう。

 

 オイル交換後、洗車屋さんにオートバイの洗車を頼んだ。 自分でやると洗車しながらあっちこっち点検できるけど、洗車屋さんは下回りの洗車がうまいし、料金はなにせ30バーツなんでね。

2009年10月15日 (木)

ココナッツ酒

P1070862

 ロータスをぶらぶらとうろついていたら、乾燥イースト菌が目に入った。 ふと思ったのはパンを焼くとかピザパイを作ろうかではなく、フルーツジュースにこれを入れたら発酵がどんどん進んで一気に酒になっちゃうんじゃないだろうか、ということだった。

 

 で、さっそくココナッツを2個20バーツで買ってきてジュースを容器に入れた。 牛乳2リッターの空き容器にココナッツ2個のジュースがやく1リットル弱、ここにミネラルたっぷりのサトウキビから作られた砂糖をイースト菌のえさとして加え、イースト菌を小さじ半分ほど入れた。

 

 常温でおくこと15分ほどで容器の中ほどが膨らんできた。 うんうん、発酵している。 ふたのあたりもシュワシュワいってきたので蓋をぎゅっと締めなおす。 そして2時間、何の根拠にも基づかないんだけれど、たぶんアルコール度数が1%くらいにはなっただろうという憶測のもとで冷蔵庫に収めた。 これでちょっと自転車にでも乗ってきて帰って来たころには適度に冷えて、そこをぐっとかキュッとかわかんないけど一気にいけば気持ちだけはリゾート。

 

 さてグラスに氷を入れ、そこに件のココナッツ酒を注ぐと、シュワッと泡が、あれ?出ない。 まあそれはいいとして飲んでみるか。 飲む前のイメージはカルピスソーダにちょっとばっかしジンロでもたらしたようなものだったのだが。 

 

 一口飲んでみると、ウッ、なまぐさ~。 というかあおくさ~。 舌をちょっと刺すような刺激はやはり若干ではあるけれど、炭酸が発生している。 スカッとさわやか~なイメージはガラガラと崩れ去ってしまった。 が、アルコールは確実に発生したようで、生青臭~いのと、そのアルコールで頭がくらくらしてしまった。

 

 次回挑戦するときは、砂糖をもう少し余計に入れ、仕込んだらすぐに冷蔵庫で低温発酵させてみよう、という結論に至った。

2009年10月10日 (土)

私ではありません

P1080379

  今日、近所であった結婚式場(といっても自宅だけど)に飾ってあった写真です。 新婦は義兄の連れ合いの従兄弟の...というウチのちょっとした親戚。 新郎はK氏という日本人。 

2009年10月 8日 (木)

幸平がタイでレース

P1080256<幸平優勝、2位はチェンライ在住サコタ君>

P1080035 <ウチのムスコと>

P1080091 <土手を駆け上がる幸平と追いすがるサコタ君>

P1080194 <ウチのムスコも駆け上がる>

P1080232 <レース後、表彰式までの一休みの景色>

 さる9月27日に、チェンセーンでMTBのレースがあった。 幸平が走ってみるというし、ウチのムスコも走りたいというので行ってみた。 会場はチェンセーン市内から4kmほど離れたチェンセーン湖のほとりで、ほぼフラットのコースだ。 参加者はおよそ300人ほどで、年齢別にかなり細かくクラス分けがされている。 男子は ~13歳。 ~17歳。 ~20歳。 ~30歳。 ~40歳。 ~50歳。 ~60歳。 女子はもう少し大まかだったかな。

 

 とにかく老若男女、これは走ってるなというのや、トップチューブに腹が付きそうなオッちゃんやら、カゴ付の買い物自転車にまたがった女の子までいろいろいてなかなか壮観だった。

 

 それぞれのクラスの5位までのトロフィーが授与されるので、大会本部のテーブル上にはかなりの数のトロフィーが並んでいた。

 

 ウチのムスコは前日に熱を出してしまい、当日は現地に行ってから走るかどうか決めようということだったのだが、たくさんの自転車を見て「走りたい」ということになった。 タイのレースはほとんどが当日に現地での受付なのでこういうときは柔軟性があってとてもよい。

 

 スタートは20歳代男子を先頭にしてスタートし、各クラス数分おきにスタートしていった。 一周目は当然幸平が先頭で帰ってきたが、2周、3周となると各クラス入り乱れてコースの狭いところは追い抜くのも大変そうだった。 見学の人たちも、選手の付き添いやら、近所のおじさんおばさんそれは雑多な集まりだった。

 

 われわれは3mほどの土手を登るところで見ていたのだが、なかなか上れない選手も多く、あとちょっとで上りきるというところで裏返しになってまっさかさまに落ちて行ったり、まっすぐ上れずに隣の人と絡まりあったり。 それらに観客から声援がかかる。

 

 会場には数軒のショップのテントが張られてパーツやらジャージなどが売られている。 その横ではアイスクリームやソムタム屋なども屋台を並べる。

 

 さてレースは幸平がぶっちぎりの優勝(オトナゲナイ)。 ちょうど昼ごろに終了したので餃子屋に行って餃子をたくさん食べてから解散。

 

2009年10月 6日 (火)

幸平と餃子

P1080010


 だいぶ前のことだけど、幸平がタイに来てだいぶ経っているのになかなか我が家に顔を見せないので電話をし、お茶する約束をしてチェンライまで行ってみた。 幸平もオートバイで来ていたので、長躯70km先のチェンセーンまで餃子を食べに行った。 餃子30個、白飯2、マーボ豆腐、〆て210バーツなり。


 幸平の乗っていたオートバイはYAMAHAのFINO。 80km/hくらいでも良く走る。

«幸平とサイクリング

無料ブログはココログ